(執筆者:渡邉雅之)
〇連載
【相続法改正】施行日政令・預貯金の仮払いの限度額
【相続法改正】相続法改正の経緯と概要
【相続法改正】配偶者居住権・配偶者短期居住権
【相続法改正】長期間婚姻している夫婦間での居住用建物の贈与に関する改正
【相続法改正】遺産分割前の預貯金債権の仮払いを認める改正
今回は、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(平成30年法律第72号)において定められる長期間婚姻している夫婦間での居住用建物の贈与に関する改正について説明いたします。
Q1 遺産分割制度において、現行民法の問題点はどこですか?
_A 現行制度では長期間婚姻している夫婦間で居住用不動産の贈与があっても、原則として遺産の先渡しを受けたものとして取り扱われます。そのため配偶者が最終的に取得する財産額は、結果的に贈与がなかった場合と同じになります。これにより、被相続人が贈与を行った趣旨が遺産分割の結果に反映されません。
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1.持ち戻しの計算(民法903条1項)
現行制度では、共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、または婚姻もしくは養子縁組のためもしくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、当該相続人の相続分の中からその遺贈または贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とすることとされています。
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2.現行法の問題点
現行法の問題点は、「実質的夫婦共有財産の清算」と「配偶者の生活保障」です。
実質的夫婦共有財産とは、夫婦の一方がその婚姻中に他方の配偶者の協力を得て形成または維持した財産です。つまり結婚してから二人で購入したものがこれに当たります。結婚してから住宅を購入した場合は、住宅は実質的夫婦共有財産となります。
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現行法では、被相続人(死亡した夫)の債権者等第三者の利益にも配慮する必要があります。紛争当事者が多くなると、権利関係を画一的に処理する必要性が高くなり配偶者の具体的な貢献の程度は寄与分の中で考慮され得るにすぎず、基本的には法定相続分によって形式的・画一的に遺産の分配を行います。
しかしながら、近時の高齢化社会の進展や高齢者の再婚の増加に伴い、婚姻期間が長く、被相続人と同居してその日常生活を支えてきたような者にとって、このような取扱いは実質的公平を欠く場合が増えてきています。
この点、民法(相続関係)部会においては、配偶者の相続分の引き上げも検討されましたが、婚姻期間により不公平が起こるため、持戻し計算の規定の不適用の推定規定(Q2参照)を定めることになりました。
Q2.相続法改正により、長期間婚姻している夫婦間での居住用建物の贈与についてはどのような保護がなされることになりますか?
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A 婚姻期間が20年以上である配偶者の一方が他方に対し、その居住の用に供する建物またはその敷地(居住用不動産)を遺贈または贈与した場合については、原則として、計算上遺産の先渡し(特別受益)を受けたものとして取り扱わなくてよいことになります。
1.婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の遺贈・贈与
�@婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、�Aその居住の用に供する建物またはその敷地について遺贈または贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈または贈与について持戻しの計算の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定されます。
_ _ 持ち戻しとは、Q1で説明したとおり、共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、当該相続人の相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とすることです(民法903条1項)。
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このような要件を満たす場合には、(i)配偶者の生活保障を図るという政策的観点から合理性が認められるとともに、(ii)贈与等を行った被相続人の意思としても、持戻しの計算の対象としない意図である蓋然性が高いためです。
「婚姻期間の20年間」は、結婚と離婚を繰り返している場合には、婚姻期間を通算されると考えられます。
「居住の用に供する建物またはその敷地について遺贈または贈与をしたとき」は、遺贈・贈与時を基準として判断されます。居宅兼店舗は居住部分が対象となります。
本規定は、被相続人の意思表示の推定規定であるため、被相続人が遺言等(必ずしも遺言に限りません)で反対の意思表示をしていた場合には適用されません。なお、本規定は、配偶者居住権の遺贈にも準用されます。
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すなわち、旦那様が妻にに自宅不動産を贈与する旨の遺言を残しておけば、妻がより多くの相続財産を相続できるようになります。
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2.具体的な計算
現行法と改正後を見比べると、どれほどの差があるのか、一般的な事例でみてみましょう。
[前提]
家族構成:一男(夫:平成30年死亡)、八重子(妻)、大輝(長男)、美優(長女)
一男と八重子の婚姻期間:昭和45年に婚姻〜平成30年(婚姻期間48年)
一男の八重子への贈与:平成10年に居住用不動産の持分(1/2)を贈与(評価額3,000万円)
一男の遺産:居住用不動産持分(評価額3,000万円)、預貯金(6,000万円)
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�@現行法の八重子(妻)の相続分:持戻し計算適用
八重子(妻):((3,000万円+6,000万円)+3,000万円)×1/2−3,000万円=3,000万円
大輝・美優(子供)は各3,000万円を相続
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�A改正法の八重子(妻)の相続分:持戻し計算不適用
八重子(妻)(3,000万円+6,000万円)×1/2=4,500万円
大輝・美優(子供)は各2,250万円
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妻への居住用不動産の贈与について持戻しの計算をしないことにより、妻の相続分が1,500万円増えました。
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3.施行日
本制度の施行日は、2019年7月1日です。施行日前にされた遺贈または贈与については、本制度は適用されません。