(執筆者:弁護士 平山 照)
【Q.】
先代社長から株式を引き継いで、長年にわたって会社を経営してきましたが、高齢のため、取引先に株式を譲渡して経営を引き継いでもらうことを考えています。どのようなことに留意すればよいでしょうか。
【A.】
1.はじめに
経営者の高齢化が進む多くの中小企業にとって、親族、会社の従業員、外部の第三者等の後継者候補に対して、経営を円滑に引き継ぐことは重要な課題といえます。平成30年に経営承継円滑化法施行規則が改正され、新たに10年間の税制優遇の特例措置が設けられるなど、中小企業の事業承継を後押しする環境は整いつつあります。
中小企業の事業承継のスキームとしては、株式譲渡による方法が多く用いられますが、その際には、後継者となる買主に株式を確実に譲渡し、会社の支配権を確保させることが必要です。株式の確実な移転は、特に外部の第三者への譲渡において買主側から強く求められるところであり、親族への事業承継においても、将来、親族間で株式の帰属等が争われる事態を避けるために重要となります。今回は、このような観点から、事業承継において生じる株式に関する問題についてご説明します。
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2.株主の確認
株式譲渡による事業承継を検討する上で、まずは、誰が会社の現在の株主であるかを確認することが必要です。会社が現在の株主として認識している者が、法律上も株主であるとは限りません。株主名簿が作成されていなかったり、作成されていても株主の異動が正確に反映されていなかったりすることも多いため、設立時の原始定款やその後の株式譲渡に関する書類などの過去の資料を収集し、設立時以来の株主の変遷について可能な限り明らかにすることが肝要です。その過程で、例えば、次の3及び4に述べるような問題点が明らかになることがあります。
3.株券交付・譲渡承認決議を欠く譲渡への対応
株券発行会社(株券を発行する旨の定款の定めがある会社)では、株式譲渡契約を結んでも、株券の交付がなければ株式の譲渡は有効になりませんが、中小企業では、過去の譲渡において株券の交付を欠いているというケースが多く見られます。株券発行会社であっても、株券を一度も発行したことがないという会社も珍しくありません。
また、中小企業では、通常、定款で株式の譲渡制限が付されていますが、過去の株式譲渡において、譲渡承認決議を経ていないことも少なくありません。
以上のような問題が発見された場合の対応としては、過去の株主から確認書を取得するなどにより、過去の株式譲渡について改めて株券交付を伴う譲渡をやり直し、譲渡承認決議を経るという方法が、後に株式の帰属が争われることを防ぐための最も確実な方法です。もっとも、このような方法は、過去の株主と連絡がつかない場合や、すでに株主が亡くなって多くの相続人がいる場合などには現実的でないこともあります。その場合、事業承継後に問題が生じた際の売主の損害賠償責任などを、株式譲渡契約書に定めることで対応するということもありますが、買主の方針によっては、株式の確実な承継に不安があることを理由に、事業承継が破談になってしまうこともあり得ます。
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4.名義株への対応
会社設立時に、知人から名義を借りて株主になってもらったまま、その後もその者が株主名簿等で株主として記載されている、というような事例が散見されます。このような株式を「名義株」であるとして、名義人が株主ではないと評価できるかについては、諸要素を考慮した法的な判断が必要となります。「名義株」と断定できないような場合には、名義人から自己が株主でない旨の確認書を取得することなどを検討します。
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5.最後に
以上のように、株式譲渡による事業承継においては、株式の帰属等に関する問題が円滑な事業譲渡の妨げとなることがあります。十分な準備期間を設けて、問題を一つ一つ解決していくことが肝心です。事業承継を進める上では、そのほかにも様々な法的問題に出合うことがあると思いますので、必要に応じて弁護士などの専門家に相談することをご検討ください。