(執筆者:弁護士 竹田千穂)
【Q.】
いわゆる「ウィーン売買条約」が昨年8月1日に日本においても発効したと聞きました。その概要と留意点を教えてください。
【A.】
いわゆる「ウィーン売買条約」又は「CISG」とは、正式名称を「United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods(国際物品売買契約に関する国際連合条約)」といい、国際的な物品売買契約に適用される条約です。
1.本条約の適用を受ける場合
異なる国に所在する営業所(法人格は必要ありません。)間の物品売買契約であって、かつ、�@これらの国がいずれも本条約の締約国である場合(例えば、日本・中国(締約国)間の取引)、及び、�A国際私法の準則によった場合にある締約国の法が準拠法として指定される場合(例えば、日本・イギリス(非締約国)間の取引であっても、契約上、日本法を適用すべきものとされている場合(法の適用に関する通則法第7条参照))には、原則として本条約が適用されます(第1条第1項。なお、除外される売買の種類や特殊な売買(製作物供給契約等)への適用については第2条・第3条を参照。)。
本条約の規定は、原則としてすべて任意規定であり(第6条)、当事者間の合意でもって、その適用を排除し又は規定内容を変更することができます。ただし、新規の国際売買契約に限らず、準拠法を単に「日本法」とする本条約発効前の国際売買基本契約に基づいて締結された本条約発効後の個別契約にも本条約が新たに適用されますので、この場合にも、その適用を排除又は変更したい場合にはその旨の合意が別途必要になることに注意が必要です。
また、本条約が適用される場合であっても、本条約の規定事項は、�ウ売買契約の成立及び�エ売買契約から生ずる当事者の権利義務に限定されており、契約の有効性や所有権の移転等については国際私法の準則によって導かれる国内法の規定に委ねられていますので(第4条)、この点についても注意が必要です。
以下、日本の民法と異なる点が多い�エについて、その主な規定内容を説明します。
2. 売買契約から生じる当事者の権利義務に関する規定
本条約は、売主は契約に適合した物品を引き渡す義務を負うと定めています(第35条)。売主に同義務違反が認められる場合、買主は、適時に不適合の通知を売主宛てに行なえば(第39条)、第79条に定める免責事由に当たらない限り、売主の故意・過失を問わず、損害賠償等を請求できます(第45条(1))。また、契約違反があっても代金減額や損害賠償等による救済を優先することによりできる限り契約を維持すべきとの観点から、解除が認められるのは原則として重大な契約違反の場合、すなわち相手方の契約に対する期待を実質的に奪うような不利益をもたらす場合に限定されています(第49条(1)(a)、第64条(1)(a)、第25条)。
また、日本の民法と異なり、本条約には履行不能という概念や、瑕疵担保責任に関する規定もありません。したがって、契約締結時に目的物が滅失損傷している場合(契約締結時から履行が確定的に不可能な原始的不能の場合)や、目的物に瑕疵がある場合(通常有すべき性能を欠いている場合)も、前述した売主の契約に適合した物品を引き渡す義務(第35条)違反の問題として処理されます。
さらに、契約締結後に売主の責めに帰することができない事由(自然災害等)により目的物が滅失損傷した場合、買主の代金支払義務が消滅するか否かは、日本の民法では危険負担の問題として処理されますが(民法第534条〜第536条)、本条約においては、売主による重大な契約違反として解除できない限り、買主の代金支払義務は存続します。
そのほか、本条約においては、履行期前に相手方が契約に違反することが予想される場合には、自己の義務の履行を停止する(第71条)、場合によっては契約解除することができる(第72条)など、予防的な救済手段についても定められています。
3. 最後に
本条約の適用を受ける国際物品売買契約を締結する際には、事前に本条約の規定内容を十分に確認したうえで、本条約の適用を排除し、又は規定内容を変更したい場合には、その旨を明確に契約書において定めておく必要があります。
(以上)