(執筆者:弁護士 神部美香)
【Q.】
弊社は、精密機器の製造及び販売を営む会社であり、現在、中国への進出を検討中です。
今般、中国において懲罰的損害賠償を含む法律が施行されたと聞きました。その概略を教えてください。
【A.】
_1.はじめに
中国で「権利侵害責任法」が2009年12月26日に制定・公布され、2010年7月1日に施行されました。同法について、新聞等のメディアでも注目を集めたのが、製造物責任についての懲罰的損害賠償の規定です。中国では、製造物責任について、「民法通則」(1987年施行)に規定があるほか、製品の品質責任に関する「製品品質法」(1993年施行)や消費者の権利保護を目的とする「消費者権益保護法」(1994年施行)等の法律があります。これに加え、新たに制定された「権利侵害責任法」は、製造物責任に関して独立した章を設け(第5章)、その中の一つとして、懲罰的損害賠償を規定(同法47条)しています。
2.懲罰的損害賠償とは
懲罰的損害賠償とは、加害者の行為が強い非難に値すると認められる場合に、加害者に制裁を加える目的で、被害者が実際に受けた損害を上回る金額の支払を命じる賠償をいいます。アメリカでは、製造物責任を中心に高額な賠償額が容認されるケースが多いことは良く知られていますが、わが国は、懲罰的損害賠償の制度を採用していません。
中国では、「消費者権益保護法」49条が、事業者の商品提供行為に詐欺行為があった場合、実際の損害と同額の金額を倍増する旨規定し(いわゆる倍額賠償)、「食品安全法」(2009年施行)96条が、食品安全基準に合致しないことを知りながら食品を製造・販売した場合に、実際の損害に加えて、代金の10倍の賠償金を請求できる旨規定していますが、「権利侵害責任法」の制定により、懲罰的損害賠償が一般的に認められることとなりました。
3.権利侵害責任法における懲罰的損害賠償の規定
「権利侵害責任法」47条は、「製品に欠陥があることを明らかに知りながら製造・販売を行ったことにより、他人を死亡させるか、またはその健康に重大な損害をもたらした場合、被権利侵害者は相応の懲罰的賠償を請求する権利を有する」と定めています。「食品安全法」のように対象が食品に限られず、あらゆる製品に適用があり、また、「消費者権益保護法」と異なり、詐欺的行為がなくとも、欠陥の存在を知りながら製造・販売すれば適用があることから、これらの点で、懲罰的損害賠償が適用される範囲は広いといえます。
もっとも、賠償の範囲については、「相応の懲罰的賠償」と規定するのみであり、懲罰の範囲がどの程度になるかについては、今後の司法解釈や裁判例の積み重ねが重要となります。なお、現時点においては、損害額の2倍程度になるのではないかという見解が有力です。
4.ビジネス拡大時の留意点
「権利侵害責任法」は、上述のとおり懲罰的損害賠償を導入したほか、権利が侵害された場合の救済方法を幅広く規定(同法15条)したり、精神的損害賠償を明記(同法22条)したりするなど、個人の権利がさらに厚く保護されています。これを受け、今後、権利侵害に対する救済を求める訴訟が増えることが予想され、ビジネスリスクは高まる方向にあります。製造・販売業者が中国でのビジネス参入を検討するにあたっては、このような中国の法律やその改正の動向を知ることはもちろん、中国法制度と実態に明るい弁護士との連携体制を整えることも重要になるものと思われます。
(以上)